後書
 

事の起こりは或る夏の昼下がりに私の元に届いた電子書簡からである。拙稿を電子配信したいとの申し出であり、いささか戸惑いを覚えた。まだ私の若かりし頃、掲載依頼は書簡によって届いたものであり、それが電信台の普及により電話へと変化し、今では電子通信での掲載依頼が当然の事だと聞き及ぶ。時の移ろいと言うのは私の様な愚老には俟つ事を許さない残酷な一面を持ちうる存在なのである。
 

思えば半年前、老台の手習いと周囲に素見しを受けながら始めた電子通信では有るが、今ではこうして自作の文章を送信したりと、朧げながら事を運べるようにまでなった。世にある宿老達が趣として行う早朝よりの扉球の類に汗する中、私は若人たちと電子文通に勤しむ毎日である。
 

その後、電子通信が私に齎した文筆に対する変化は言うまでも無い。技術者向けとしての論文である「がんばれ、りうた君」では、まだ随所に残る文語文はその後、悩める世の若人への報恩として上梓した随筆「包茎を治すには」で完全に排除する事が出来た。これも偏に深夜に若人たちと電子会談で触合う毎日の賜物である。
 

複雑な現代社会における悩める世の若人たちの羅針盤としての稿を 著す事に後僅かな余生を興じたい。
 
平成九年八月 大阪にて記す 浅倉壮太郎
 

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