浅倉式ストレス発散法
 

 学生時代を思うと、良くあんなに書くことが続いたな。と思う位、 毎日嬉々として駄文を積み上げてる事に喜びを感じていた私だが、 文章を書く事が職業になると、こんなに苦痛に感じる事は無いし、 自分の才能の無さが、やるせない。

 エンジニア時代には、プログラムよりも、誰にでもわかりやすい ドキュメントについて頭を抱え込んでいたし、今でも、たがだか24回 の連続物の締切りに苦しんでいる。

 売れっ子作家と呼ばれる先生方の苦労は、相当のものだろう。


 探偵ものを書く仕事が来たとしよう。

  ゼロから創造できる程の才能は無いので、主役のモデル探しに悩んで いる所に、しばらく留守にしたせいか、甘えん坊になっている飼い猫が、 ひざの上に乗ってくる。

 丁度いい。モデルは決定した。

 三毛猫では無いが、この際だから 目をつむる。おまえは可愛いし、おかげで締切りまで、まだ一週間も 残っている喜びに浸りながら、事件探しに移る。


 もう時効だし、きちんと償いもしているからココに書いても許して 貰えるだろうが、中学生時代にルアーを万引きをしたぐらいが、唯一 の犯罪歴だ。

 恥ずかしくて死にたくなった時はあっても、殺して やりたいほど憎んだ人は過去にいないし、ゴルゴ13には憧れるが、 身の回りに、あんな人が実際に居る訳が無い。

 事件すら起きない話に 飼い猫の探偵をどうやって登場させるか、身をよじらせて キーボードを叩いている内に気がつけば、3日も過ぎている。

 さすがに時間が掛かっているから、量だけは豊富に揃っているが、 ガラクタばかりで使えそうなものが、全く無い事に気付く。

 締切りに間に合わないのはまずいので、近所で起こる下着ドロや ネットストーカーに、飼い猫が飛び掛って事件をあっさり解決 してしまうストーリーで無理矢理に書いてみる。

 推敲している時に自分の才能の無さに、つくづくあきれ返り 悲しい気分になる。



 だが、今は幸いな事に締切りに追われても、飼い猫を使って事件を 無理やり解決しなくても良い。かわりに担当女史が難事件を全て あっさりと解決してくれるからだ。

 原稿催促も、彼女のようなプロの前では、単純な私など赤子も同然だ。 手を変え、品を変え、女性らしい気配りで完璧なアプローチをしてくる。

 「原稿が間に合わないと、人事異動が有るかも知れません」

といったソフトな恐喝をしたかと思えば、

 「終わった後、例の場所を予約しています」

といった「猫まっしぐら」になりそうな事を、事務的に告げる。

 私生活でも、男をそんなふうに扱うのか? と意地悪な質問で、精一杯の 反撃をしたら、

 「原稿が出来たら、試してみますか」

と涼しい目付きで、のたまう。

 そもそも、尼崎育ちで、見るからに貧相で、まともな恋愛経験すら無い 典型的なコンピューターオタクを絵に描いた様な私が、都会育ちで、見る からにエレガントで、素敵な恋愛を一杯積み重ねてきたオトナの女性を 相手に勝ち目があるはずが無い。

 最初から、無駄だとわかっているくせに、抵抗してしまう往生際の悪い 自分を反省して、無言でキーボードに向かうという結末は、もう何回目だろうか。


 ただ、どうしても発散できない種類のストレスを感じる時はある。

 もともとは趣味でやっていたことが職業になってしまった方なら容易に 理解できるだろうが、仕事には「納期と予算」と言うジレンマが常に ついて回る。

 本当はもっと色々な仕掛けや工夫も用意したいし、あらゆるテストを 慎重に何度も行っておきたい場合もある。

 予算が無いのは工夫で解決 できる事も有るが、絶対的な納期が短い事は致命傷になり やすい。

 あせってミスもしやすいし、許される回数も少ないから、 検討に時間をかけなければならない。

 だらだらと文章を続けて、 飼い猫に飛びつかせて無理やり話を終わらす様な、お粗末な文章を書く 位だったら、いさぎよく筆を折るのが私の身上だ。

 だから、1時間程度の昼食は気分転換の・・・。


 と、ここまで書いた文章をディスプレイに最大化したエディタに、 これ見よがしに表示して、後ろを振り向く。

 担当女史から、昼食を取るように指示が出た。

 いつもなら、こういった文章を、なかなか 更新されないカラカラに乾いたウェブの水撒きにして、 のんびり喜んでいられるが、今はそうはいかない。

 年明けには、必ず行いたい大切な用事や再会を待ってくれている人がいるのだ。

 原稿よ。 君にばかりにつかまっている時間の余裕は無いのだ。


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