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シガービスケットをご存知か? 幼稚園の年長組の頃の或る朝、登園前の支度をしていた私はリボンを結んで貰うために母を待っていた。ところが母は産まれたばかりの弟のおしめの取り替えに手をとられ、なかなかこっちへやってこない。イライラし始めた私は、テーブルの上に残っていた昨日のおやつのシガービスケットの袋を手に、ベビーベッドに近づいて行った。ちょうど煙草くらいの太さで長さが4〜5センチの塩味のシガービスケットをぼりぼり食べながらベッドを覗き込むと、母におしめを替えてもらった弟は幸せそうニャッと笑った。 その瞬間なぜだか無性に腹が立った。母を独占している弟に?リボンを結んでくれない母に?なぜだかわからないまま気が付いたら私は、自分の両方の鼻の穴一杯にシガービスケットを詰め、弟めがけて鼻息一発、ロケットよろしく発射していた。「叱られたって構うもんか」と母を見ると、口をあぐあぐさせて何か言いたそうにしながらも体をよじって笑い転げている。調子づいた私は2度3度とビスケットを鼻に詰めては弟へと発射していった。 当の弟は嬉しそうにビスケットを口へ入れてしゃぶっている。母は私を止めようとしながらも、涙を流して笑いながら「ひゃめらはい(やめなさい)」というのがやっと。「うけている!」張り手のひとつふたつも覚悟していた私は、この母の反応に興奮し、またもビスケットを鼻に詰めた。 と突然、ボキッ…という嫌な音と共に鼻に詰めたビスケットが折れてしまった。アレレと思いながら鼻の中に残ったビスケットを掻き出そうと指を突っ込むと、反対にどんどん奥へ入ってしまう。鼻息で押し出そうとしても、おかしな形に折れてしまったのか空気が漏れ、飛び出してくれない。不安になった私が母に助けを求めると、ようやく態勢を立て直した母は恐い顔をして「お医者で鼻の穴を切ってもらおう。」と脅かし始めた。鼻の穴がひとつになった自分を想像し、恐怖に怯え半狂乱になって泣きわめく私を尻目に、悠然と弟を背中におぶい、保険証を探し始めた母を見てますます激しく泣き喚く私。 その時、ズルッという嫌な感触が鼻を抜けた。「あっ!」と言う私の声に母が振り向くと、鼻水と涙でふやけたビスケットの残骸が、私の鼻の穴からニョローンとぶら下がっていた。再び笑い崩れる母とニヤけた弟をみながら、一緒に笑うべきなのか、泣くべきなのか、困惑した私は鼻からビスケットをぶらさげたまま、ボーゼントと立ち尽くしていた。 私の忌むべき過去である
1997/7/27 UP |