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密室の出来事 私のオフィスは某百貨店の所有する、ほとんどのフロアをその関連会社が占めているビルの一角にある。 某百貨店だか関連会社だかの彼らはサラリーマンらしくスーツや事務服を身にまとい、一方オフィスを借りているだけの私たちは年がら年中ジーパンにTシャツといったラフを通り越した服装で、エレベーターに乗り合わせても、まるで不可侵条約でも結んだかのようにお互い視線を絡ますこともしない。まぁそれはそれで平和な日々であった…。 ところがその平和はある日突然やぶられたのである。 いつものように出勤し、オフィスへのエレベーターのドアがしまりかけたそのとき、「こら!乗るんじゃ!あけろ!」の怒声とともに爺ィが一人駆け込んできた。あわててドアを開けてやると爺ィは「ほんまにぃ」と不満そうに乗り込み「6階!」と横柄に私に告げた。パネルは爺ィの目の前にある。私は爺ィを乗り込ませるためにパネルとは対角線の一番隅に立っていた。他には誰も乗っていない…。 予想もしていなかった爺ィの一言に「なんですと??」私の頭のなかは疑問符でいっぱいになった。もちろん私にだって普段、自分がパネルを押す際、乗り合わせた他人に「何階ですか?」と聞いてやるくらいの度量はある。が、しかし、それとはまったくシチュエーションが違う…。私がうろたえている隙に爺ィは私と反対の隅に移動し、またも「6階!」と言い放った。理不尽な思いとは裏腹に私の体は爺ィの声に促され素直にパネルの6階を押してしまっていた。 悔しい…。当然の事のようにふんぞり返っている爺ィを残して5階でエレベーターを降りた私に追い討ちをかけるように「チッ!」という舌打ちが聞こえてきた。エレベーターのドアを閉めるボタンを自分で押さなくてはならない爺ィがいまいましそうに放った舌打ちである。 どうして朝からこんな不愉快な思いをしなくてはならないのだろう。いくら百貨店にエレベーターガールがつきものとは言え、私の格好をみて他社の人間やとわからんか?仮に同じ社の人間だったとしても、その横柄な態度の根拠はなんやねん??今ここでなら いくらでも爺ィを問い詰めてやることができるのに、なぜあの時何も言えずにボタンを押してやってしまったのだろう。爺ィの発する「わしは偉いんじゃけんね」光線にうろたえてしまった自分が悔しくて、オフィスの鍵を開ける頃にはうっすらと涙ぐんでしまった。 私は人の善意を信じすぎているのか、何か理不尽な思いに遭遇すると、相手の理不尽さに驚き、うろたえてしまって、その場できちんと糾す機会を失ってしまう。そして理不尽な思いをした事に加え、それをその場できちんと糾せなかった自分にストレスが倍増するのである。すばやく正しく切り返せないのは「単に頭が悪いだけ」とかつて知人に指摘されたこともあいまって、どうしてもこういう事例を水に流すということができない。 あの爺ィの様子からすると、このビルの人間には間違いない。今度乗り合わせた時には必ず一矢報いてやるぞ…。小心な割に執念深い私は復讐を誓った。 爺ィとの再会は案外早くやってきた。昼食にでるため私が乗り込んだエレベーターにあの日のようにふんぞり返った爺ィがいたのだ。他にも数人が乗り込んでいたのでボタンは押さずに済んだのか、舌打ちも小言もなくおとなしく1階でエレベーターを降りて行った。 「爺ィが6階へ向かうとき…」私は何度となく頭の中で繰り返しシミュレートした復讐計画の実行チャンスを待った。 私が乗り込んだエレベーターに後から爺ィが乗り込んでくる…。あの日の口調で偉そうに「6階!」と私に告げる。おもむろに爺ィの方に向き直った私は深々とお辞儀をしたあと、「毎度ご利用いただきましてありがとうございます。6階、承知いたしました。上へ参りまぁーす」右手をひじから上に向け、にこやかにボタンを押してやるぅぅぅ。 1998/9/2 UP |